【楽譜浄書】楽譜に隠された対数:対数的なスペーシング
はじめに
浄書の際に、音符や記号の後に取る水平方向の間隔(スペース)をどのように割り当てるかが楽譜の可読性に影響する。 楽譜浄書で最も重要な要素ともいえるスペースには対数が大きく関係しているのだ。
ここでは「楽譜に隠された対数」の説明に限るため、音符(及び休符)のスペースのみを考える。
「対数的なスペーシング」とスペーシング比
音符のスペースは音価に比例していると思われがちだが、ほとんどの楽譜がこれに当てはまらない。 実際はスペーシング比に基づいて対数的にスペースが定められている(ここでは「対数的なスペーシング」と呼ぶ)。
スペーシング比は、基準の音価に対して音価が2倍になった時スペースを何倍にするかを示す値である。 例えば、スペーシング比が$1.5$であれば、2分音符のスペースは4分音符の$1.5$倍になり、8分音符は4分音符の$\frac{1}{1.5} = 0.66\ldots$倍になる。
ちょっと何言ってるか解らないと思うので下の譜例を見てほしい。 4分音符を基準の音価($1$)としている。

式・グラフ
対数的なスペーシングにおける音符のスペースとスペーシング比の関係は次の式とグラフで表せる。
$$ S(d) = S_0 r^{\log_2\left(\frac{d}{d_0}\right)} $$
| 文字・記号 | 意味 |
|---|---|
| $d$ | 対象の音価 |
| $d_0$ | 基準の音価 |
| $S(d)$ | 対象の音価 $d$ に対応するスペース |
| $S_0$ | 音価 $d_0$ のスペース |
| $r\left\{1 \leq r \leq 2\right\}$ | スペーシング比(音符の音価が2倍になった時そのスペースを何倍にするかを示す) |
| $\log_2$ | 音価が何回$2$倍(または$\frac{1}{2}$倍)されたかを示す |
グラフはDesmosで触っていただける。スペーシング比($R$)をスライダーで動かして遊んでみてほしい。
| グラフ | 式 | 備考 |
|---|---|---|
| 赤 | $S(d)=R^{\log_{2}\left(d\right)}$ | Desmosでは $r$ が円の半径として扱われてしまうため $R$ で代用する。 $d_0 = 1$ とする。 |
| 青 | $f\left(x\right)=x\left\{x\ge0\right\}$ | $R = 2$ のときの $S(d)$ |
| 緑 | $f\left(x\right)=1\left\{x\ge0\right\}$ | $R = 1$ のときの $S(d)$ |
スペーシングとスペーシング比の決定
比例的なスペーシング
比例的なスペーシング(スペーシング比:$2.00$)は、音価が大きい音符のスペースが余計に広くなり音価が小さい音符のスペースが極端に狭くなってしまうため、普通は使用しない。
楽譜浄書ソフトのデフォルト
Finaleは黄金比の$1.618$、Doricoは白銀比の$1.41$となっている。日本のコンピューター浄書ではFinaleが広く使われているため、前者のスペーシング比はよく見られる。

手書きの楽譜
手書きで楽譜を作成する時は小節線を引いてから音符を置くことが多いだろう。 この場合は小節毎の比例的なスペーシングになっていることがほとんどである。通常であれば音符や記号のスペースを基準に小節幅が決まるため、同じ音価の音符のスペースは段内で揃う。 しかし、小節線を引いて先に小節幅が決定すると、決められた小節幅の中で音符を置かなければいけないため、同じ音価の音符でも小節毎にスペースが変わってしまう。 もちろん、浄書家や楽譜浄書に精通した作編曲家が作る手書きの楽譜は、段ごとの対数的なスペーシングに近い割付けになっている。
スペーシング比による差
スペーシング比が$2$に近い(比例的なスペーシングに近い)ほど音価によるスペースの差が判りやすくなり、$1$に近いほど全体的なスペースが狭くなる。 そのため、スペーシング比は音符や記号の密度が低い楽譜では高くし、密度が高い楽譜では低くした方が読みやすくなる。 同じ楽譜の中でも密度が高い段と低い段でスペーシング比を変えることもある。

(正直なところ、あまり適した譜例ではないかもしれないがご容赦を。)
上の譜例では比較のために個々にスペースを調整していない。 スペーシング比が低い下段の方が1小節目の16分音符のスペースに余裕がある。 反対に、スペーシング比が高い上段は1小節目の16分音符がやや窮屈で、16分音符のうち加線のあるものとそうでないものでスペースに大きな差が生まれている。
とはいえ、黄金比のスペーシング比に見慣れているからとか、2分音符のスペースが欲しいだけ確保されていると感じるとかで、上段のスペーシングを好む人もいるだろう。 スペーシング比に唯一解は存在しないのだ。
おわりに
昨今、ネット上で多くの楽譜が共有されているが、スペーシングに問題があるものが多く見受けられる。 様々な楽譜作成アプリがリリースされ誰でも簡単に楽譜を作ることができるようになっていると同時に、スペーシング(広く見れば楽譜浄書)のノウハウを持たない開発者とユーザーが質の悪い楽譜を出力してしまっているのだ。 楽譜浄書の技術や伝統を受け継ぐ音楽家の活躍と、楽譜の美しさや浄書の魅力に気付く次世代の登場を祈念する。
参考文献
- HashibosoP. "水平スペーシングの考え方の全て 第一回". HashibosoPによるMuseScore浄書法. 2021-06-19. https://sgeyosp1engraving.blogspot.com/2021/06/blog-post.html, (accessed 2026-04-30).
- 藤井大河. "【Dorico】変えるべき初期設定 約4選【Finale to Dorico】". note. 2024-12-04. https://note.com/fujii_taiga_m/n/nca8f66de9948, (accessed 2026-04-30).